サービス改革担当者・CS推進担当者の学びの場

製造業的価値観からの脱却―サービス事業のテコ入れ―

 当「CS寺子屋」ではこれまで、顧客満足やサービスという目に見えないものを、サービスサイエンスの観点で、その本質の理論やロジカルな捉え方を紹介してきました。少しだけロジカルに理解してみることで、今までよりはるかに価値のある努力のポイントや、取り組みの盲点が見えてきたと思います。

 今回は少し視点を変えて、サービス事業の難しさや課題について、サービスサイエンスの視点でひも解いてみたいと思います。

■どうしてサービスで喜んでいただくのは難しいのか?

 サービスでお客さまに喜んでいただくためのポイントをつかむために、製造業とサービス業ではどのような違いがあるのか比較してみましょう。

 製造業でははじめに、「材料」である原料や部品を調達します。次にこれを生産工程に運んで製品を作ります。ここに製造業の大きな特徴のひとつがあります。それは、「生産」にはお客さまは直接的に絡んでいないという点です。

 お客さまが登場するのは販売する時です。製品を購入する際にお客さまは、店頭に並べられた商品を見たり、触ったり、スタッフの説明を聞いて、納得して購入していきます。これが製造業の大きな流れになります。

 それでは、同じようにサービス業について見てみましょう。まずは「材料」ですが、「サービスの材料」っていったい何でしょうか?

 いざこう聞かれると、ドキッとしますよね。考えたこともなかったという方も多いのではないでしょうか。このように、製造業では当たり前なことが、サービス業では実に曖昧になってしまっていることに気づきます。サービスをロジカルに理解するためには、こういった点をハッキリさせていくことも大切です。

 さて、サービスの材料は何でしょうか。それは、「お客さまの課題」です。お客さまが課題を持ってサービスを受けに来て頂かないと、サービスを提供することができないのです。

 続いて製造業でいうところの「生産」です。ここに、製造業とサービス業の極めて重要な違いがあります。それは、「サービスはお客さまと一緒に作るもの」だということです。

 製造業では「生産」にはお客さまは直接的には絡んできませんでしたが、サービスは「お客さまと一緒に」作らなければならないのです。お客さまと一緒に作られたお客さま合わせのサービスを提供することが、お客さまに喜んでいただく秘訣です。

しかしここで安心してはいけません。サービスでは、お客さまがサービス利用を終えた後、恐ろしいことが起こります。

 たとえば美容院で髪をカットしたお客さまが満足してお帰りになったとします。しかし、その後ばったり会った友人が余計なひとことを言うのです。「ねぇねぇ、前の髪型のほうが良かったよ」と。すると、さっきまで満足していたはずの気持ちがあっという間にひっくり返って、「あんなお店、二度と行かないわ!」と言われてしまう。なぜこんなことになってしまうのでしょうか。

 それは、サービスが目に見えなくて客観的な評価が難しいからです。つまり、サービスを受けた本人が満足した気になっていても自分の評価に自信が持てないので、他人から違う意見を言われると、あっという間に評価が裏返ってしまうのです。

 このように、材料、生産、評価のたった3つの視点で製造業とサービス業を比較しただけでも、お客さまに喜んでいただくためには、製造業とは全く違った価値観でサービスを提供しないとお客さまには喜んでいただけないことが分かります。

■製造業的価値観で提供されている日本のサービス

 実は日本のサービスのほとんどが、製造業的価値観で提供されているのです。つまり、「良いサービスは喜ばれるに決まっている」と決めつけて、勝手に作ったサービスをお客さまに一方的に押し付けていることが非常に多いのです。

「勝手に作ったサービス」には、かなりの割合で「余計なお世話」や「無意味行為」「迷惑行為」のようなことが含まれてしまいます。これでは、お客さまに喜んでいただくことはできません。それどころか、やればやるほどお客さまが去って行ってしまう恐れがあります。

 サービスでお客さまに喜んでいただくためには、「勝手に作ったサービスを一方的にお客さまに押し付けてる」、「勝手に考えた提案やキャンペーンを一方的にお客さまにぶつける」といった価値観から脱却しなければならないのです。

 では、どうすれば、製造業的価値観から脱却して、サービス業的価値観に変えることができるのでしょうか。

 ここで、東京大学の藤本隆宏教授が提唱されている、産業は情報を“転写”するビジネスであるという「情報転写モデル」をヒントにしてみようと思います。この情報転写モデルでは、製造業では「製品の設計情報を素材に転写することで価値を生み出している」とされています。

 つまり、自動車メーカーであれば、開発部門が作った自動車の設計情報を、生産部門がプレス機や金型を使って鉄板に転写して部品をつくり、それを組み上げて自動車を製造して、価値ある自動車をお客さまにお届けしているというわけです。これに対してサービス業を比較してみると、大きな課題が2つ浮かびあがってきます。

■サービスは設計情報を人に転写して価値を生み出している

「サービスの設計情報をサービススタッフに転写することで、価値を生み出している」と捉えることができます。モデルとしては製造業と同じですが、詳しく見ていくと、興味深い違いに気付きます。

 はじめに、「転写」に着目してみましょう。製造業では設計情報をモノに対して転写します。自動車であれば鉄板に転写してボディーのパーツをつくります。その転写スピードは秒単位で、短時間のうちに大量で均質な転写が可能です。しかも、一度転写したら安定的にその形を維持することができます。自宅のガレージに停めてある自動車が、ある朝鉄板に戻ってしまった、ということはあり得ないですよね。

 では、サービス業における転写はどうでしょうか。サービス業では、サービスの設計情報を人に対して教育やトレーニングという形で転写することになります。この転写は決して秒単位ではできません。何時間も何日もかけて教育やトレーニングを行っていく必要があります。

 しかも、転写対象が人なので、徐々に効果が薄れてしまったり、忘れてしまったりと、転写前の状態に戻ってしまうことがよくあります。「先週、あんなにトレーニングしたのに、今日、また同じミスをした」ということはサービスの現場では日常茶飯事ですよね。

 このように「転写」について製造業とサービス業を比較してみると、サービス業において「転写」が極めて重要であることが分かります。しかし実は、教育やトレーニングに熱心なのは製造業の方なのです。ではサービス業ではどうしているのでしょうか。

 多くの会社では、「経験を積みなさい」「背中を見て学びなさい」と言って、いきなり現場に立たされる。そんな現場まかせの教育トレーニングしかできていないことがほとんどです。よって、サービス向上のためにはサービスの教育やトレーニングに組織的に取り組まなければならないという課題が明らかになりました。

■サービスにだって設計情報が必要

 次に「設計」も比較してみたいと思います。製造業において、設計にはヒトも時間もお金もつぎ込んで、命がけで取り組んでいます。それに対して、サービス業ではどうでしょうか。

 会社の組織図を見ても、「サービス設計部」という部署すらない会社がほとんどです。実際には、サービスを設計は「現場任せ」で、現場のサービススタッフが経験やセンスで良かれと思うサービスを考えて提供しているのです。これでは、サービスの内容や品質がばらつくのは当然と言えます。

 つまり、サービスにおける2つ目の課題は、「サービス設計」です。サービスのレベルアップのためには、組織的にサービスを設計して運用していく必要があるのです。

■「設計」と「教育トレーニング」を組織的にテコ入れする

 このように、製造業とサービス業を「情報転写モデル」を参考にしながら比較してみると、CS向上やサービス向上の大きな課題が浮かび上がってきます。少し極端に表現すると、サービスの現状は、「非常にあいまいなサービスの設計情報を、転写が難しいヒトに対して、現場まかせの教育トレーニングで転写しようとしている」と言えます。

  これではなかなかうまくいかないのも当然と言えるでしょう。サービスでお客さまに喜んでいただき、サービスで差別化するためには、「サービス設計」と「サービス教育トレーニング」について、組織的にテコ入れできるかがカギになるのです。

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