「サービスサイエンス実践事例」シリーズでは、さまざまな企業におけるCS向上の実践事例をお届けします。
サービスサイエンスの理論を実践している企業の事例から、「経営者や現場の担当者さまがどのような想いを抱えているのか」、「実践にあたってどのような工夫をされているのか」などをお伝えすることで、組織的なCS向上の実践の一助となることをめざしています。
<今回の登壇者>
聞き手:松井拓己さん(CS寺子屋師匠、株式会社エデュテイメントプラネット取締役)
語り手:柳田善弘さん(株式会社エデュテイメントプラネット代表取締役社長)
株式会社エデュテイメントプラネット
全社員教育向けのeラーニング教材を企画・制作し、独自のLMS(学習管理システム)とともに提供する。教材はコンプライアナス研修、ハラスメント防止研修、個人情報保護研修、情報セキュリティ研修など企業運営に欠かせないテーマを中心に揃えており、企業の要望に応じたカスタマイズ教材の制作にも対応している。
サービス人材育成の肝は、「個人のスキルアップ」よりも「組織を高めること」
松井:前回のインタビューの最後で、「サービス経営人材」の話が少し出てきましたが、柳田さんは自社のサービス人材育成についてどのようにお考えですか?
柳田:お客様のサービスに対するニーズや意識の変化に対応していくには、個人だけでなく組織として対応することが重要だと考えています。そのためには、個人のスキルを磨くだけでなく、松井さんもよくいわれているような「組織として文化を醸成すること」がとても大切だと思います。人材育成という面では、サービスサイエンスの考え方や自社での実践方法についてみなが共通認識を持つことで、サービスに対する組織としての底力を高められるように努めています。
松井:そうですね。『真の顧客満足に必要な5つの取り組み(2)』でも取り上げた通り、組織的なサービス人材の育成は高い顧客満足を得るために欠かせません。
柳田:私たちが特に意識しているのは、「お客さま接点だけで顧客満足を生み出すわけではない」ということです。お客さまと接点のある部署の社員がサービスサイエンスを学び実践することはとても大切ですが、お客さまと接点のない部署でもサービスサイエンスを学び実践することが、組織の底力を高め、より本質的なサービス向上に繋がると考えています。
たとえば、弊社のeラーニングでは受講結果などをまとめたレポートを作成するのですが、このレポート作成に向けてデータ分析等を行うメンバーはお客さまとの直接的な接点はほとんどありません。しかし、このレポート作成者がレポートに対する事前期待をしっかり把握し、それに応えるようなレポートが作成できると、お客さまとの直接接点となる受講結果の報告担当者とともに、よりよいサービスが提供できます。
このように事前期待に応えるサービスを積み上げていくことが、結果として売上という事業成果につながっていきます。先のレポートの例もそうですが、「タダだったらもらうけど、お金を払うくらいならばいらない」といわれるようなサービスは、お客さまに喜ばれていない証拠ですからね。
松井:まさに柳田さんの言われた通りで、「売上はお客さまに喜ばれたバロメーター」とも言われているんですよ。
サービス人材を組織的に育成するために
松井:せっかくの機会なので、サービス人材の組織的な育成について、少しお話させてください。
これまで、日本企業は個人のスキルを伸ばすことが得意だといわれてきましたが、組織的な対応の必要性を感じ、個人だけではない組織的な取り組みにも力を入れる企業様が増えてきました。組織的なサービス人材育成は、以下の図のように、階級(若手・中堅・マネジメント)と、サービスによって得点を増やす/失点をなくすという2軸で整理することができます。
「サービス人材育成」と聞くと、マナー研修など「若手向けの失点をなくす基礎教育」を思い浮かべる方が少なくないと思いますが、中堅やマネジメント層も対象となりますし、得点を増やすという観点も含めて考えることが大切なのです。
「何を学び、身につけてもらうか?」という育成の内容と同じくらい大切なのが、「どのように育成するか?」という育成の方法です。ある企業の若手をサービス人材として育成するプログラムの検討に参画した際に、このテーマについて非常に興味深い議論がありました。その企業の管理職の方々は、「崖から突き落とされ、そこから自力で這い上がること」を求められるような育てられ方をしてきたため、手取り足取り若手を育成するということに抵抗を感じていたのだそうです。議論の末、最終的には「どのような壁にぶつかってもらうか」という視点で、プログラムを設計することになりました。
この時私が感じたのは、「事前期待」という概念がお客さまへ提供するサービスについて考えるときだけでなく、サービス人材の育成においても使えるということです。本事例のように、「お客さまの事前期待に応えつつ、会社や事業の事前期待にも応える」という視点でサービス人材の内容や育成の方法を考えるのは、組織的なサービス人材育成を行ううえでとても大切なことだと感じます。
設計したサービスを“ガイド“として、自己革新プロセスが回せる組織づくりを
松井:エデュテイメントプラネットではすでにサービス人材の育成が進んでいますが、進めていくなかで難しいと感じたことなどあれば、教えてください。
柳田:今もまだサービス人材育成の途上ではありますが、事前期待やサービスに関する仮説を仮説として受け入れながらも、状況に応じてより柔軟に対応するという姿勢を社員一人ひとりに持ってもらうことがなかなか難しいと感じています。あくまでイメージですが、「すべてマニュアルに書いて欲しい」という姿勢では、変化への対応力や柔軟性が求められるCS向上は成し遂げられないですからね。
松井:たしかにすべてマニュアル…というのは難しいですね。製造業では当然のように設計図を作ってモノを組み立てていますが、サービスには設計図がないことが多々あります。事業成果につながるCS向上、つまり得点を増やすための取り組みを組織的に行うためには、サービスサイエンスに基づいてサービスを設計し、事前期待のマネジメントを行うことが重要です。
ただし、このサービス設計の過程で作られるものはあくまで「ガイド」であって、「マニュアル」ではありません。サービス設計をガイドとして社員みんなで創り上げていく、その「自己革新プロセス」が組織的なサービス人材育成の肝となるのです。現場に貯まった経験知を活用するにあたっても、ガイドとなるものがなければサービスの方向性を見失ってしまうことになります。「事業の道しるべ」を示すためにも、サービス設計を行うことは欠かせません。
柳田:まさに、「自己革新」や「適応」が組織的なサービス人材育成のキーワードだと感じているところです。私自身は、CS向上の取り組みが事業成果や組織の成長につながるのだということを、定期的に社員に伝えるよう心掛けています。
松井:ガイドを示すだけでなく、なぜそれが必要なのかを伝える。それも組織的なサービス人材育成を行ううえで大切なことですね。
理念経営をしている企業の方から、「理念や仕組みは、成果が出ないと腹落ちしない」という話をよく聞きます。サービス設計についても、「困った時に助かった」「問題解決につながった」などの成果が実感できないと、社員の皆さんも腹落ちしないですし、日頃から意識することも難しいと思います。そういう意味では、小さくてもよいので、サービス設計の価値を実感できるような経験と、その経験をみなで情報共有できる場が必要かもしれません。
柳田:弊社でもお客さまに満足していただくことはもちろんですが、さらに事業成果に資するCS向上という切り口を大事にしています。そのためのサービス設計とその実行力強化のためにも組織的なサービス人材の育成は欠かせないと、今回松井さんとお話して改めて感じました。ありがとうございました。